電話などで約束事をする時、例えば「明日、こちらからお伺いします」という事を伝える場合、博多弁では「明日、来るけん」などと言います。中学校で英語を習い始めた頃、「I will come tomorrow(明日行きます)」に違和感を覚えた方は多いのではないでしょうか。何を隠そう、私も違和感を覚えた一人です。しかし日常、普通に「明日来るけん(I will come tomorrow)」と言っていたのです。
これは、電話口の相手の立場を想定した話法で、話し手の視点が聞き手の視点と同化したものです。考えるに、互いに動作の方向が異なる場合、動詞をどちらか一方の視点に統一すれば、「あなた来なさい。わたし行きます」のように、それぞれがバラバラの視点で会話をするよりも、妙な誤解が生まれなくて済むので便利です。もしかしたらそういう見地からこのような話法が発展したのかも知れません。これは特に「丁寧」だとかそうでないとかのニュアンスはありません。また発話する状況としても、(1)互いに別の場所にいる場合、(2)互いが明日実際に集まる場所にいる場合、(3)互いが集まる場所とは別の場所にいる場合、いずれも「明日行く」ほうが「オレ(アタシ)が来るけん(わたしのほうから行きます)」といいます。
日本のほかの地域にこういう言い方があるのかどうかよく知りませんし、「明日行きます」と「明日来ます」のどちらが古くてどちらが新しいのかもよく分かりませんが、少なくとも現代英語と同じ発想だと思っています。余談ですが、実は中国語でも同じ場面で「明天我来」というふうに「来る(come)」を意味する「来」を使います。これを知った時は、英語の表現方法も連想し、「博多弁はなんと国際的な感覚を持った言語なんだ」と感動したものです。